2011年03月04日

アマゾンのレビューを書こうとして書く前に挫折した

タイトルの通り!

なにか少し新しい事をしようかなとか思って、ちょっと興味のあったアマゾンのレビュー投稿とかやってみようかと思いました。

アマゾンの持ってる本のページに行きました。

そしたら、当然と言えば当然のごとく数十ものレビューが既にあり、レビューの中身も素晴らしい。

当たり前と言えば当たり前。

さて、俺が書くことは・・・・?

言いたいこと、ないなー。

少なくとも、俺が言いたいこと以上の物が含まれたレビューが既に存在するな〜

ということは、俺がなんか書いても意味ないんじゃないか?

・・・ということで、いきなりやる気が折れました。

そういうこと、気にしないで書く人は書くんだろうけど、自分は「意味がない物を追加してもなあ・・・」と思ってしまう。

うーん、せっかくやる気になったのだが。

まぁ、自分が持っててレビューも少ないような本があったら、今度レビューを書いてみようか。

しかし、そんな時が来るのだろうか・・・
posted by ななと at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

楽しさのインフレ

昔に比べて、自分の中の「創作意欲」と呼ばれる物が大変に弱くなっているのを感じる。

なぜだろう、とふと考えてみた。

そうすると思いつくのは、昔と現在の環境の違い。

自分個人独特の問題ではなく、日本のメディア環境が大きく変化したせいかと。
ということで、自分の昔と今の娯楽を比較してみよう。

昔(小学生とか中学生とか太古の昔)
■娯楽について
・本はかなり読んでいた
・アニメなどある程度テレビは見ていた。しかし、いつでも面白いものがやっているわけではないので、みたい番組がないときは別の楽しみを見つけなければならない
・レンタルビデオなどはお金がかかるのであまり借りれない
・古本屋にいくのが大きな楽しみ

まとめ:小説がおおきな楽しみ。動画は限られた時間帯にしかみることができない貴重なリソースだった。

■創作意欲について
小説が娯楽の主体だったので、それにたいする執着も大きかった。
「この小説はここをこうすれば」「なんだこのひどいストーリーは」とか自分の欲求と既存の小説の間のすれ違いが、小説を書こうといった気持ちを生んだ。
また、小説を書いている時の楽しさというのは俗世を離れて別の世界に入る特別な楽しみだった。
「退屈だから小説でも書いてみよう」と思うこともあった。


現在
■娯楽について
・本はあまり読まない
・アニメをみることがある。しかも一気に全話見てしまう。
・実質的に好きな映画を好きなだけ見ることができる
・ニコニコ動画などいつでも楽しさを提供してくれる物がある

まとめ:小説以外にいくらでも楽しい物がある

■創作意欲について
娯楽の主体が動画に映ってしまった。
ぱらぱら漫画程度ならとにかく、一般的に動画は作るのが難しく、なかなか作ろうという気にならない。
また、「退屈だから何かを作ろう」と思うには、アニメやニコニコなど楽しいことがいくらでもある。
ものすごく積極的な理由がないと創作をすることができない。

全くまとまっていない文章だが、とりあえず思いつくところを書くと上のような感じだ。
つまり、昔は今ほど楽しい物があふれていなかった。
それは自分の金銭的な環境もあるが、一番はネット環境が無かった・未発達だった事が大きい。

小説は本。情報も本。誰かの考え方も本。とにかく、ほとんどのありとあらゆる情報は本から得た。だからこそ、「図書館が知の宝庫」だった。
もう本当に活字しかなかったので、それを楽しむしかなかった。
足りないところは自分で小説を書いたりして補った。

今は文字も動画も音楽もなんでもあり。
正直に言うと、楽しむ物にキリがない。
楽しむこと自体に飽きることはあるけど、楽しむためのコンテンツ自体が不足することはまずない。

もう本当に「個人が触れることができる楽しさの総量」がネットの発達と共にインフレを起こしているんだと思う。
当たり前といえば当たり前だが、過去の歴史の中で前人未踏の領域であることは間違いない。
その結果として、自分個人では他人が作ったメディアによって「楽しさの欲求」が充足されてしまって、そこまで創作意欲がわいてこないという状況になっている。
もちろん、ニコニコ動画のように個人で大量のコンテンツを作る人たちもいる。
「個人が触れることができる楽しさの総量」がインフレを起こした場合、自分のように創作意欲が萎える人間と、逆に創作意欲が増強される人の割合はどれくらいなのだろうか。
このままインフレが続いた場合、自分のように創作意欲が萎える人間が増えてきて、どこかでコンテンツの増加が止まるのだろうか。
それともひたすらコンテンツは増加を続けるのだろうか。
コンテンツが増えれば増えるほど、一個一個のコンテンツの価値は下がっていくし、似たような物が増えていく。
自分としては「もうここらへんが限界で、これ以上新しくておもしろい物は作れないんじゃないだろうか。ましてや自分が作る物など、この状況の中では全く価値がないだろう」と思わざるを得なかったり。

この楽しさのインフレが続いている中、次はどういう状況が訪れるのか。
自分の中で、それを見守るという楽しさがまた増えたようだ。


posted by ななと at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

もてあました勢い

ようやく寒さも和らいできたし、よし髪を切るぞーーーーーーーーー!!

と、ドリフトしつつ帰ってきた本日終業後の話。

そして、理髪店に電話するぞ!!とかけようとしたら・・・

本日休業日。


うおおおおおおおおおおおおおお

このもてあました勢いをどうすればいい!?

自分のようにテンションの低い人間は、どこか行くぞ!というだけで相当にテンションを上げなければならないのです。

ましてや、髪を切るという滅多にない行為。

このためにあげたテンションはなかなかのエネルギー

そのやり場を失ってしまい、もんもんとする今。

かといって、別に行くところもないし・・・

もんもんもんもん
posted by ななと at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月18日

イーオンフラックスをみたら死ぬほど駄作だった件

PVとかみて、なんとなくおもしろそうな気がしていたイーオンフラックス

みてみたら見事なまでの駄作!

駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作!!!

以下、ネタバレあり。


1,演出・見せる順番・登場人物、全てに問題があると思うのだが、全く盛り上がりがない。え?これで終わり?ってな終わり方。なんじゃこりゃ

2,キャラが弱い。入れ込める人がいない。せめて一人語りぐらい入れるとか、だれか入れ込めるひとを作れば良かったのに。とにかく「知らない人たちがわさわさ動いてるな〜」で映画一本終わってしまう。

3,ストーリーがだめ。設定だけつくりましたという感じ。
設定:
まぁ、人類がウィルスで激減しました。ワクチンで少数がいきのこりました。でも、そのワクチンのせいで子供が生まれなくなっちゃったので、クローンで世代交代してます。でも、一般人はそんなこと知らないで暮らしてます。あと、クローンの影響で前世の記憶?とかが一般人にものこっちゃっててみんな「おかしいなぁ」とか感じながら暮らしています。

ストーリー:
支配者階級の政府にいどむ組織の一員の主人公が政府を転覆させるべく、なんか忍び込む。
そしたら殺す相手が前世の恋人で「なぜかわからないけど殺せない!」となる。
あとは支配者階級の中でごたごたと権力争いが・・・ああもうどうでもいい!


設定はまぁよいとしよう。
ぶっちゃけ俺的にはおもしろさを感じない三流以下の設定だが・・・。
とりあえずこの設定には文句をつけないとする。
とにかく一番問題なのは、視聴者に理解させる気が全くないこと。

こういうへんてこな世界が舞台でもいいけどさあ
別に主人公が反政府だっていいけどさあ
別に政府が権力争いでごたごたしてもいいけどさあ
とにかく描写が足りない。
まず、ここがどういう世界なのかってのが実感として分からない。
だから「ここはどういう世界なのだろう」という目でみていると、それが解決されないまま映画が終わっちまう。
とにかく、現代と違う世界を描くなら、まずその世界観をわからせないとだめだろ!
かっこいい都市風景を見せるだけじゃだめだろ!
日常生活とかもちょこちょこ描いて、セリフとか道具でどんな生活をしているかなんとなくわからせないと。
まず物語のスタートがいかん。
いきなりモノローグで「人々が忽然と姿を消す事件が発生。政府は事件を否定」って・・・。
まず、変な世界じゃん?
だったら、まず視聴者に世界を分からせてから、「ああ、こういう世界なんだなあ」と分かったところで物語を展開しないと。
いきなり「訳が分からない世界で訳が分からない事件が発生し、わけがわからない技術やわけのわからない人々が訳の分からない研究をしている訳の分からない政府と戦う。ちなみに反政府組織のTOPも偉そうに話すだけで訳が分からない」という世界に突っ込まれてみろ。わけがわからないだけだ。
ほんと、設定が複雑でストーリーが随分展開しているアニメを途中から見ました状態。

あと、ムダにおしゃれっぽく見せようとしているのがだめ!
現実感ある世界ならそれもいいけど。
非現実的なわけのわからん世界でムダにおしゃれにみせられると、全く現実感がない。
変な世界であっても、その世界で人々が地に足をつけて生きているんだっていう描写がないと入り込めない。
なんだか・・・とにかく色々間違ってないか?


とにかくあまりのつまらなさに呆れました。
でも、自分はもちろん物語の作り方とかわからないので、思いついた欠点をあげるだけです。
うー、こういった問題をもっと論理的に解説できる人になりたいです・・


posted by ななと at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

GODIVAのチョコはイオンのPB商品の味・・・

母が祖母から貰ってきたGODIVAチョコを食べてみました。
食べたときは知らなかったのだけれど、調べてみたらクソがつくほど高くてびっくり。
100gの板チョコが600円とか、6粒で1500円とか・・・
おいおい、価格設定が崩壊してないか?
なんじゃこりゃ?と思うような値段です。

んで、肝心の味はというと・・・


あれ?


GODIVAチョコ好きの人がいたら殺されかねないですが、イオンのプライベートブランドのやっす〜〜〜いチョコとか、生協のやっす〜〜〜いチョコと同じような味がする・・・

微妙に酸化したような、大昔のチョコを食べているような・・・

正直、そこまでの値段がする物と思えませんでした。

う〜ん・・・

どうも調べてみると、日本と海外だとチョコの作り方が違うらしい。
日本は植物油を使うけれども、ヨーロッパではカカオだけで作るらしい。
日本のチョコになれている自分が食べると、カカオだけで作ったチョコはあんまりおいしく感じないようです。
逆に言うと、イオンのやっす〜いチョコとか生協のやっす〜いチョコはカカオだけで作っていた!?
いや、価格的に考えてそんなことはないと思うけど・・・

高い物を食べたのに満足度が低くてもったいなかった・・・。
posted by ななと at 21:30| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

軽くて長時間駆動でまともな画面サイズのノートパソコンが欲しい

このブログ、もともと相当まれにしか書いていません。
しかし、先日久しぶりに書いてみたら、「公共の場で自由に言葉を発するってなんてキモチイィ!んだ」と気がついたので、もうちょっと頻繁にいろいろ書いてみようかと。
駄文が増えるだけですね。

さて本題。
軽くて、長時間駆動で、まともな画面サイズのノートパソコンが欲しい!

少し前にネットブックが流行って、値下がりが激しいノートパソコン業界。
この流れにあやかって、お安く「軽い・長い・使いやすい」ノートパソコンが欲しい!
そんで、そのノートパソコンを持ち歩いてあちらこちらで自由に使いたい!という欲求があるのです。
実際に使うかどうかは置いておいて。

お決まりの価格.comにいって「1.5kg以下」「8時間以上」とか探してみると、
ネットブックばっかりなんです。
最初はネットブックでいいかなぁとか思っていたけど、1024*600のスクリーンショットをみてみるとやっぱり狭いんだ。
これだけ狭いとさすがに使いにくかろう。
あとやはりATOMは遅いらしい。
ATOMよりクロックが低くてもcore系にした方がよいだろうか。
ということで、画面解像度とCPUでネットブックに当たらないように条件設定して再度検索してみる。

するとどうだろう。
この価格。
軽くてバッテリーが持ちまくるネットブックが3万円とか4万円で買えるご時世である。
画面解像度をちょこっとあげてCPUをちょこっといいものにしても、4,5万で買えるんじゃないか?と思ってもおかしくないだろう。
しかし、現実は9万円代なんですよね〜。

ノートパソコン9万円!安い!(数年前の感覚で)

でも、ネットブックの3倍の値段。高い!(今の感覚で)

絶対的には安くなっているノートパソコンだけど、ものすごく安くなったのは「ATOM,1024*600」のネットブックと、14・15インチの半据え置きノートPCだけ。
いわゆる「モバイル」のまともなPCはそこまで安くなっていないのね・・・。
安くはなっているんですよ?
でも、ネットブックと据え置きノートPCの値下がりに比べると「そこまで安くなってないなあ」というのが本音。

ということで、しばらくは今のノートPCを使い続ける予定です。
でも、14・15インチのノートPCでスペックがよいのに4万円とか見ていると、でかくて重いノートPCなんていらないのに、つい買いたくなってしまう。
posted by ななと at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

リア充になれるゲーム

内向きな人間なため、毎日毎日本当にマンネリな日々を過ごしているブログ主です。

あーあ

と、ため息が出たところでちょっと思いついたことを書きます。

ずばり、リア充になれるゲーム!!

どういうことかというと、なぜ自分の様な人間が内向きになるかという事を考えてみると、新しい事を知ったときにちょっとでも心配なことがあるとやらないという性格が原因だと考えられます。
簡単に言うと心配性で内気で勇気がないわけです。

そこで、こんなゲームがあったらどうだろうと思った。
1,みんなに知られているゲームである
2,子供がやっても大人がやってもおかしくないゲームである
3,やってても「きもーい」とか思われないようなゲームである(見た目とかイメージとか)
4,アイテムゲットや得点やゲーム内通貨を得るために、いくつか「リアルのハードル」を超える必要がある
5,その「リアルのハードル」には他人の協力が不可欠である

1・2・3をみたせば、自分がそのゲームをやることにもそのゲームをやっていることを人に知られるのも怖くない。
その上で、「このアイテムゲットするために協力して欲しいんだけど」といって他人に協力を仰ぐ。
これで他人とも触れ合えるし、普段触れ合わない人とも話す口実ができる。
例えば携帯ゲーム機の場合「内蔵カメラで友人とツーショット」とか「内蔵カメラで異性の知り合い(家族除く)とツーショット」とかいうことが考えられる。
ゲームをやっていく仮定で普段あんまり話さない人と仲良くなったり、全く知らない人と(ネット上ではなくリアルで)知り合ったりできるわけですよ。

こういうゲームが普及しているとおもしろいなーと思った今日この頃。
もしかしたら、すでにあって俺が知らんだけかもしれんが・・・



posted by ななと at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

fallout3で軽い鬱になった

ドライブしたついでに店で買ったfallout3。
買ったのは一昨日だが、昨日はほぼ一日中fallout3漬け。
今日もかなりやった。

そして、なんだろう、この鬱々とした気分。
なんともいえない虚しさ。
休みを無為に過ごしているという気持ちもあるが、どうもそれだけではない。

どうやらFALLOUT3は、面白いけど「鬱ゲー」のようだ。

普通の鬱ゲーはまずストーリー・画面・その他諸々、そもそもやりたいという気にならない。
fallout3は、敵を倒したりアイテム拾ったり、行動自体は結構楽しい。
アイテムを集めるのも、敵を倒すのも、探索するのも、楽しい。
つまり、ゲームとしては非常におもしろい。

が、世界観は非常に鬱。
核戦争後の世界なので、どこいっても廃墟廃墟。
まともな建物が全くない。
人も少ない。
いたとしても、8割方殺し拷問が趣味という救いのない「レイダー」ども。
そこらに死体がころがってるし、家の中には対戦時に死亡したと思われる古い白骨死体が転がってる。
家族に手紙を届けてほしいと頼まれて行った見たら、両親が惨殺されているとか。
昆虫に両親を殺されて助けを求めてくる少年とか。
まぁ、誰かを救ったり誰かの頼みを聞いたり良いことはできるのだが、どこか虚しい。
なにをどうやっても、この世界には「幸せ」がない気がするのだ。

って、なにをゲーム相手にいちいち鬱になっとるんじゃ!と自分で突っ込みたい。
しかし、他のレビューでも言えているように、核戦争後の世界にどっぷり浸かることができるものすごい出来のいいゲームなのだ。

広大なマップ! 精緻なグラフィック! 圧倒的なアイテム! 圧倒的なクエスト数! そしてなにより「この世界で自分は暮らしているんだ」と普通に思ってしまうような圧倒的な没入感!
しかし、その世界は非常に鬱々であるという・・・。

この没入感で幸せな世界だったら、ものすごいハッピーになれるのに。
なぜこれだけの没入感がありながら、こんなに鬱々しい世界なのかなあ。

この没入感はなんなのだろう?
多分、グラフィックがリアルであることは関係あるだろう。
これが日本の一般的なデフォルメ絵だったら、印象は違うだろう。
キャラクターも建物も、これぞ洋ゲーという感じのリアルさを放っている。
現実と見紛うほどの絵的なリアルさ、という意味ではなく、現実にその景色を見たらこういう気分になるだろうなあ、というのと同じ気分になるというリアルさ。
fallout3の中の景色を見ると、まるで本当にその殺伐とした景色を見ているような気分になる。

思いつくままに文章を書き散らしたら、なんともとっちらかった記事になりました。
ま、とにかく、没頭して遊んでいたら、なんだか気がついたら鬱になっていたという今日この頃です。
なんだかなぁ。
だれかこの没頭感を生かして幸せになれるゲームを作ってください。
posted by ななと at 22:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

低価格化に感覚がついて行かない

最近、PCや電子機器の低価格化と高性能化が半端無い。

自分はこの技術の進歩と低価格化に感覚がついていっていないなあ、という話。

まあ、よもやま話的に。

一応、24なはずなんですけど、一番最初に小学生の時触ったPCが骨董品のPC-98だったもんで、結構年が上の人と感覚が近いと思います。

一番最初に触ったPCのスペック。

i386 20MHz
MEM:6MB
HDD:40MB

中学の時の自作PC
K6-2 400MHz
MEM:128M
HDD:4GB

現在のPC
AthlonX2 4200+(2.2G*2)
MEM: 1.5GB
HDD: 500GB

まあ、こんな風にCPUは単純にクロック換算で200倍。メモリも200倍。HDDは10000倍ですよ。
普通に考えて、生きてる間にこんなに変わる物ってないでしょ。

最初のうちは性能が高い物が出るたびに「すげえええええええええええええ」って言ってたんだけど、だんだん麻痺してきてしまった。

とくに、最近はネットブックとかがでてPCというものの価格崩壊が進んでいて、自分の中の常識と違いすぎてPCについてる値札を見ても実感がわかない。

ほんと、どこまで安くなるのかなあ。
安くなるのはうれしいんだけど、これでこの業界はやっていけるのだろうか・・・・
嬉しい反面、心配。

うーん、ほんと、どこまでいくのだろう
posted by ななと at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教育用PCとネットブック

見てる人にはどうでもいいことですが、「日記ブログ(非公開で人目を気にせず愚痴を書き散らす場所)」「技術ネタのブログ」「このブログ」の3つもブログがあって、しかも毎日毎日高頻度で書く人ではないので、ブログが全然更新されてません。

あーあ。

とくに、二つ目の技術ネタのブログは最初にテーマを決めて作ったのですが、どんどんそれてなんでもありなブログになってしまいました。(つまりは公開する話は全部そこに書いてしまえ、な流れ)

そんなわけで、このブログは全然使用用途がなくなっちゃってます。

ま、でも、「今回の話はとくにゆるいな〜」というときにこっちに書くようにしようかと思ってます。

ぎじゅつねたのぶろぐはわりとじっくり考えて書くブログだから。(できてるかどうは別として)


さて、えーと本題。

昔から、「500ドルPC」とか「低価格の教育用PC」「発展途上国向けのPC」とかいろいろな目的で低価格なPCが発表されてきました。

ま、実際に売ってるわけじゃなくて、「ニュースが出る」というだけなんだけどね。

とにかく、昔から「教育、発展途上国向けに低価格なPCを構想中」という話はたくさんあったわけですよ。

今でもたしかやってるはず。

でも、ネットブックがでて、不況になって、PCの価格がものすごい勢いで下落中。

ネットブックの最安値は3万切ってるよ。

ってことで、そういう努力は無駄になったのではないか・・・と思う今日この頃。

たしか、しょぼいCPUでも動くように専用のOSつくったりしていたグループもあるはず。

でも、いまや3万以下でフルスペックのOS(UbuntuとかWindowsとかね)が動いちゃうわけですよ。

なんだかなぁ。

ここまで来ちゃえば、もう専用PCつくるよりネットトップ買ってきてそのまんま使った方が速いよね。

とか、おもう今日この頃。

posted by ななと at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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